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まず、今年、目立ったのがオープンガーデンの開園。世界の名園を模したものや、本場英国の……といったものが多かった。大小を含めれば、けっこう商業施設としてのガーデンができたのではないだろうか。 どちらかというと規模の大きい、あるガーデンでは、シーズンになると1日5,000人が来訪するといわれている。一定期間このレベルで集客が可能で、レストランやカフェテラスなどの飲食施設を伴ったり、種苗や園芸資材、その他の販売も行い、さらに観光ルートに組み入れるなどして修学旅行やツァーなどの団体客を見込めれば、施工に数億の費用ががかかったとしても割が合うだろう。 緑面が増え、人々に植物のすばらしさを分かってもらえるという点では優良事業だ。維持・管理は費用も手間もけっして簡単には済まないが、そこで蓄積された技術やデータはゆくゆく財産になるものだし、将来は出版などの形で別の収益を考えていくこともできる。しかし、気掛かりなことがひとつある。 イギリスなどの場合は、ロイヤルファミリーの名がバックボーンがある上に、プラントハンターやナーセリーたちが、良否はともかくも、新種を開発し、ガーデナーたちも社会的なステイタスを得、誇りをもってガーデンの開発を行う風土がある。アメリカの場合は、公共性を重視するボランティア精神や、自分達の世界を築いていこうというフロンティア精神とヒューマニズム、そしてエコロジーなどへの意識の強さが、ガーデンや都市づくりの在り方にも表れている。では、はたして、日本の場合、どのような背景と将来の展望があるのだろうか。 チェルシーのようなイベントも定期的に行っていく必要もあるのだろう。ガーデンの名声を得て経営を安定化させていくには、そこを設計したガーデナーやバックボーンの知名度がものをいうことがしばしばである。もし、日本にそれだけの人材がいないとすれば、海外からしかるべき人を招聘せざるをえない。だが、そんなことをいつまで続けてよいのだろうか。問題は、日本のガーデン事業がそれなりのステイタスを持つには、何から改革していかなければならないかということである。 どのガーデンも、みずからが日本の主導者になることを夢見て、同じようなことを同じレベルでやるのだろうか。競い合い、高め合い、さらに協力し合う懐の広さがもしあれば、それなりにいい結果を得ることもあろうが、競合相手をけなし、足の引っぱりあいをやるようでは、何のための植物か、その本質を見失うことになるだろう。そして「ガーデン」とはいったい何なのか。 長崎での失敗例は何だったのか。この事業に携わっていたオランダ人は言う……「いくらオランダそっくりの見せ物をつくったとしても、ここはオランダではない」と。 次は、住宅やリフォーム産業の園芸分野への進出。 一般家屋の建設やリフォームの際にガーデニングを取り入れていく発想は、昨年あたりから見えかくれしており、私も必要なことと思い、先方からの打診も含め、何件か話をさせていたただいた機会がある。しかし、私はその実態に愕然とした。 住宅関連の不況は改めていうまでもない。その打開策の一つとして、ガーデニングを取り入れる……これは間違っていないだろう。実際、地域の建築・土木の施工業者たちが末端でお客様と接していると、庭についての相談を受けることがあるようだ。それはそうだろう。この数年のガーデニングブームは、戦後、例をみなかったのだから。 差し出された庭の施工例を一見すると、植栽も樹木もないではないか。その点を問い質すと、レンガのように見える新しいコンクリート素材と技術を使用し、安く早く仕上げている、という答えが返ってきた。いかにも業界的な観点だと思った。いわく、園芸や植物のことはまったく知らない者ばかりだが、ともかく依頼があるからやるのであって、植物は適当に植えれば、あとはお客様がやればいい、ということらしい。しかし、それはけっしてコンシューマーのニーズに応えたものとはいえない。 私は、あとで問題が起こらないように、植物のことをよく知っているガーデンデザイナーやランドスケープの専門家たちが介入すべき旨を主張した。だが、返ってくる答えは空しいものだった。……とにかく目先のことが先で、注文が取れる者が勝ち。園芸や植物の知識も、デザイナーも、造園もいっさい必要ない、と。 このような事態がけっしてリフォーム業界の全貌だと私は言わないし、おそらく最もよくない例に遭遇したのだと思う。ひょっとすると、私は別の担当者とも話をすべきだったのかもしれなかった。だが、手にした業界紙には「今、リフォーム産業は、ガーデニングをもリードしている」と、大きな見出しがついていたのだった。もちろん、私は引いた。 清掃用具のレンタルサービスを行う某企業が、庭の手入れのサービスを始めるという記事を、最近、新聞で見た。今後も、リフォーム業界だけでなく、いろいろな業種の企業がガーデニングに進出し、これネタに次々と御用聞きに来るような時代が到来するのだろうか。私だったら、それが度重なると、ガーデニングという言葉さえ聞くのもいやになってしまうところだ。 たとえば、もし、無料お試しの庭掃除サービスなどがあって、お願いしたとする。庭の片隅に植えておいた山野草を雑草と間違えられて抜かれたり、育てようとしていた樹木の徒長枝を切り取られたり、「育てていた」雑草のところに除草剤をたっぷりまかれたり、そんなことが起こりでもしたらどうしようか、そんな無用の妄想が膨らんでしまった。 (2/2) (2001.9.10) |
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