1.1)エコロジカル・ランドスケープへの道(1)

今年(1998年)の春は、寒気団の滞留によって天候がかなり不順で、花が咲きそろわないとか、短命だという声をよく聞きました。こういう年は冷夏が多いといいます。これは永年にわたり自然と向き合ってきた農夫の直感的な日常の言葉なのですが、なにか奥深いものを感じます。その自然への読みが狂わされるようなことが今起こっています。

今、地球は…

地球上で発達した、人類のための文明が、自然を蝕み、生物の生態系のバランスに異変をひき起こし、今、人類の生命すら脅かしているのは、じつに皮肉な話です。
環境問題に関する国際的なシンポジウムが毎年開かれていますが、その報告には、環境破壊の進行の早さと生物への影響など、そら恐ろしい現状が記されています。
酸性雨は広範囲の緑地を消滅させ、多くの湖沼を魚の住めないものにしました。土壌も毎年6万立方メートル以上が悪化しているといわれています。オゾンホールは大きく口を開け、もはや手のつけようがないそうです。レイチェル・カーソンは政府や企業の圧力にも屈せず、環境の危機を唱え続けましたが、日本でもようやく環境ホルモンや有害物質の影響を報じられるようになりました。
このままでは、生物が住めない地球になるまでに、何百年などという長い年月は不要だろうといわれています。

ガーデニング熱の是非

にわかに起こった園芸熱に対して、日本人の模倣癖や、未消化な異文化の再現性に反省を促すことは大切なことでしょう。新しいことを取り入れていくことも、日本の伝統を守り、現代に合った形で新たな活路を見いだしていくことも、いずれも価値のあることだと思います。

現在の一般レベルでのガーデニングは確かに野放図ともいえる一面を持っているかもしれません。その責任の一端を、情報は提供しても決定的な指南となりえなかったマスメディアや指導者が担うべきであることもまた忘れてはならないことでしょう。しかし私は、自国にない文化を取り入れるときには、ともするとありがちな現象ではないかと思うのです。

この数年の園芸熱はまさに情報を吸収する、創造の前段階としての試行錯誤の時期、文化と文化がぶつかりあう葛藤期だと思われてなりません。問題は、個々の技術的の修得には非常に長けている指導者が、今後どうトータルに表現し、それをメディアがどう伝えるかということでしょう。

フラワーデザインなどでも、他国から学んだものを海外で披露して、逆に日本人としての個性を表現しなさいとアドバイスされた経験は、真剣に学ぼうとした方ならきっとお持ちでしょう。それは、ガーデニング、あるいはランドスケープ・デザインでも同様で、高度であればあるほど、産みの苦悩も大きいものだと思います。

しかし、オリジナリティの問題はあまりに深淵すぎて、情報をおもに日本の刊行物からしか得られない一般のガーデナーたち、特にビギナーには荷が重すぎます。当初は模倣という表現方法をとらざるをえず、そのために、野放図さらには無節操という姿になったのはやむをえないことでしょう。

(つづく)




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