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園芸・農業資材としての海藻の歴史

園芸や農業への海藻の利用は昔から世界各地の沿岸地域で自然発生的に行われており、古い文献としては2世紀ローマ時代に記述があるということです。

海藻は今日まで、農園芸の重要な資材としてノルウェー、アメリカ、カナダ、アラスカ、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、デンマーク、ポルトガル、ナポリ、モロッコ、アルジェリア、ケニア、チリ、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、南アフリカ、ベトナム、北極圏内地域などで利用されてきました。現代では、これらの沿岸地域に限らず広く用いられるようになってきましたが、その研究は歴史が浅く、1950年代頃からようやく文献が残されてきました。日本での研究はさらに歴史が浅く1970年代頃からのようです。しかし、近年の研究発表とされるものは産業寄りの断片的な、あるいは人々の心理を操作するような見解に傾きがちであり、商業的な利益志向が見え隠れし、農業の真の姿、生命、自然の全体に到達しているとは言いがたいものです。

植物栽培で使われる海藻

肥料用の海藻には、褐藻類のアスコピッルム(Ascophyllum)、マクロキスティス(Macrocystis)、ラミナリア(Laminaria)、エクロニア(Ecklonia)、ドゥルウィッレア(Durvillea)、カルポピッルム(Carpophyllum)、ヒマンタリア (Himanthalia)、サルガッスム(Sargassum)、 紅藻類のパキメニア(Pachymenia)、リトタムニオン(Lithothamnion)、ピマトリトン(Phymatoliton)などの属があります。(以上、ラテン語読み)

野生の浮遊した海藻は、よく岸に打ち上げられます。このことから、海藻を‘wrack’(海岸に打ち寄せられた海藻) ともいいます。また、日本でも「波で洗う」という言い方があるように、波が打ち寄せる海岸べりのことを‘wash’といい、転じて、波打ち際に打ち上がる海藻のことを‘wash’と呼ぶこともあるようです。

日本近海で採れるマコンブ(Laminaria属)やワカメ(Undaria属、ウンダリア)、テングサ(Gelidium 属、ゲリディウム)は日本人にとっては貴重な食糧であり、肥料として使われることはありません。

アスコピュッルム属(英読み…アスコフィラム)の葉は帯状で、長さは一般的に50cm~2mと小〜中型の海藻です。
生長は遅いほうで、北洋のノルウェー、ロシア、カナダ、アイスランド、グリーンランドなどの北極圏に多く生息しているようです。
この地域はアメリカ東海岸およびヨーロッパ近海から北上する海流が流れ込むエリアでもあり、海藻と共生する魚類、小動物、微生物などとともに海洋を浄化していると考えられます。というのは、この属は成分元素にイオウや塩素などの元素を多く含むからで、これと海洋汚染がどのような関係があるのか、また、そりような調査が行われているのかは、現在の私共では判りません。なお、ノルウェーのように生態系の問題から採取制限の厳しい国もあるようです。

エクロニア属の海藻は太く長いもので、日本では南アフリカ産のものが知られています。草丈13m、太さ8cmにも生長する大型の海藻で、生長は早く、茎は肉厚の竹のような構造です。成分濃度も海藻の中では濃いもののひとつです。ミネラル類では特にリン、カリ、マグネシウム、モリブデンの含有量が多く、イオウや塩素が少ないのが特長です。

熱帯・亜熱帯の南洋ではホンダワラ (学名:Sargassum fulvellum C. Agardh、褐藻綱ヒバマタ目ホンダワラ科ホンダワラ属) 類が採取可能のようです。

三重や瀬戸内海など日本の地域によっては、毎年、ホンダワラ、アオサ、カジメ類が浜辺に打ち上がり、これが腐敗して悪臭を放つ「ゴミ」として問題になっているところもあります。
しかし、それらは捨てるものではなく、「資源」として有効活用されなければならないのは、アルバート・ハワードもすでに『農業聖典』で記しています。
海中で生息している、特に海洋の浄化に大きく役立っている現役の海藻は、商業的利益追求のために過剰に採取されるべきではありません。したがって、日本では、これらゴミとして処分されてしまう海藻がもっと見直されるべきです。近年、廃棄物産業界でもこれらに注目しはじめているのはたいへん有益で興味深い傾向と言えるでしょう。そしてまた、もしそれらの必要性が高まってきたとしても、理由のない高値で配布されるべきではありません。

海藻はなぜ効くか?

海藻には、

●チロシン、アラニン、リジン、メチオニン、プロリンなど、必須アミノ酸を含むアミノ酸
●海藻特有のアルギン酸や、水溶性食物繊維で知られるマンニット、ラミナリン、フコイダン、その他の糖分などの炭水化物 (多糖類)、
●多種類のミネラルや元素(中量要素、微量要素等)
●天然の植物生育に関与する分泌成分群(植物に含まれる天然成分としてのオーキシン、サイトカイニン、ジベレリン作用物質等)
●多種のビタミン類

などが含まれています。これらはいずれも、植物が植物として生き、生命や機能の維持、生命活動に必要なものばかりです。ちなみに、アルギニンやアルギン酸の名は、海藻のことをラテン語で alga (アルガ、藻類) と呼ぶことに由来します。

アミノ酸は、根・茎・葉などの各器官を作るタンパク質、生命や生態の維持・発展に必要な核酸、生長ホルモン、酵素、ビタミンなどを作る代表的な構成要素です。
炭水化物はエネルギー源や植物体内の各物質の基材となるほか、土壌微生物、水生微生物などバクテリア等のエネルギー源となります。また、アルギン酸等の多糖類は、単独では水に溶けにくいミネラルと結合してキレート状になり、水に溶けやすい形で保持します。
ミネラルや諸元素は、アミノ酸や糖類と結合し、生命の維持に必要な酵素やホルモンなどの物質を作り、また酵素の起動因子として重要な役割を持っています。
植物生育に関与する分泌成分群は植物の生育に関与する物質であり、微量で植物の生命活動を支えることもあります。関与する成分の濃度によっては、生育を促すように働いたり、高濃度の場合は植物の生育を抑制するか、または、成熟、枯死に向かうように働きます。

海藻に含まれるこれらの物質は植物に吸収されやすい最小の形で存在しており、根や葉からよく吸収されます。

地生植物はチッソ成分は根からイオンの形(肥料が分解されたもの)で吸収されます。そして、いったん植物体内で、エネルギーを消費しながらアミノ酸に合成され、それからタンパク質やDNA、酵素、ホルモン、ビタミンなどの生育物質がつくられていきます。ところがアミノ酸は、吸収されたあと、核酸、タンパク質、生育物質の合成に直接かかわるようになり、細胞分裂、器官の形成、そして、それらの伸長・発育を促すようになります。また、ミネラル、ホルモン作用物質は、吸収後そのまま様々な代謝に応用されます。

これらの物質は、植物の根だけなく、葉や茎、その他の器官からも吸収されます。例えば、熱帯性植物の一部やランに見られる着生植物は、根から養分吸収をあまり行わないか、地生植物ほど積極的ではないものがあります。これらの着生植物は、雨や霧に溶けた微量の養分を葉や茎、あるいは特別にできた器官から吸収するように自らを環境に最適化させています。気根の発達したものは気根からも吸収します。もちろん、水生植物や海藻のような藻類は、葉からの養分吸収を主体としています。このように植物は本来、全身が外界に触れて養分を吸収できる能力を、器官による多少の差はあっても、もっています。

自然物を使わせていただく

ビタミンや植物生長ホルモンは本来、自然界の生物の体内で作られるもので、これらと同じものを人工的につくることはできません。一部の成分を合成し、他の物質と化学反応させた塩(えん)として合成することはできますが、自然界の複雑な物質の組み合わせをまったく同じ形でつくることは不可能です。

今の医療などで当たり前のように利用される化学合成された抗菌生物質、ビタミン剤、栄養剤、その他の薬物は、病気を治し、また、体調を回復させる「薬」として扱われています。しかしこれらは、生物や生命に対する誤った認識のために、かえって生命活動のバランスを崩し、より病気になりやすい身体に導く、最も大きな原因となっていたのでした。しかしながら、穀類、野菜、果物、海草類など自然から得られる食物には、ビタミン剤や合成薬では得られない、生命活動に必要かつ十分な根源的な養分が存在しています。それらを十分に摂ることができ、いい空気と水が十分にあれば、人は正常(清浄)に、健康に生きられます。

それと同じようなことが、植物の栽培にもいえます。戦後、化学肥料や農薬は、不衛生を解消し、食物を安定供給するのに重要な役割を持つという理由で大量に導入された時代があり、私たちはその恩恵を受けたかのように教え込まれました。しかし、化学合成物質には植物に必要ではない成分が含まれていたり、偏っていたり、作用が過度であったりするため、かえって植物の生育障害や、病虫害を引き起こすようになってしまいました。それだけではなく、植物が生え出てくるに十分な力を持っていなければならない大地にも、すぐには回復できないダメージを与えました。このことにより作物は生育困難に陥りました。そして、それを解消するという理由で異なった化学合成物質を開発し、多用し、さらに悪化させ、この悪循環を繰り返してきました。挙げ句の果ては、植物体内への正常でない蓄積物、残留物質のためにわれわれ人間までもが健康を維持しにくくなってきています。
近年は、土に代わる生産方法に拍車がかかり、「農業の工業化と大規模経営」などというスローガンのもとに、さらに化学合成物質を多用する方向に作物生産が誘導されている傾向を随所に見ることができます。そのような方法にも限界があることに気づいているとしたら、それにもかかわらず進めなければならない背景にはどのような意図があるというのでしょうか。
自然の摂理に従うことを無視し続ける仕組みの中に、未来を見出すことは困難なことです。そして楽をして利益のみ(しかも一部の限られた立場の者たちの利益)を追求する誤った人智は新たな困難を次々と産み出し、やがては自らの身を破滅させる道を確実に歩んでいます。

「土」に生きる生き方は私たちが生きていくための基本です。土に感謝し、大地に生きる生き方を私たちは放棄すべきではありません。自然、そして、地球の一員として生きていくためには、自然の摂理を踏み外すわけにはいきません。
荒廃してしまった大地はすぐには元に戻らないかもしれません。しかし、植物は環境に順応しながらも、自然の仕組みを応用し、自分で自分の環境を最適化していく能力を持っています。私たちにできることはまず、自然の摂理に悖(もと)り、自然を侵す手法を即座にやめ、植物(作物)が自らの力で生きられる環境づくりの第一歩をすぐに踏み出すことです。自然の摂理に従うことができるならば「人為」は否定されるものではありません。それこそが自然の一部であるからです。

自然は生命の営みに必要なものをすべて自ら生成し、循環させています。したがって、自然の摂理に従うということは、自然のものを用いて事足りることを悟り、その方法を導き出す智慧を、人間ひとりひとりが、自然の一員として生成することに他なりません。

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